日記(仮題)

日記を書きます

技術に関するメモ (2021年)

 

・ある核心的な技術が発明されないとき、それを迂回する形で非常に高度な、そしてある意味では無駄な技術が発展することがある。

 

・文字が発明されなかったインカ帝国の結縄や、火器のなかった日本における刀剣の鍛冶技術は、非常に高度な技術である。その一方で、後の時代の我々から見ると恐ろしく遠回りなことをしているようにも見える。

 

・迂回や遠回りというのは、近道を知ってしまった時代の結果論でしかないのは確かである。しかしながら、激しく蛇行する川が直線的な流路へ移ろうとするように、高度に迂回的な技術が発達するほど、潜在的な核心的技術への要請が次第に強まる。その圧力が十分に高まると、偶然が最後の一押しとなって堤防が決壊し、流路は短絡する。残された古い技術は、さながら本流から切り離された河跡湖のようなものである。

 

・現在われわれの身体を取り巻く状況を考えてみる。少ない演算能力の中で生存に適した行動を選択できるよう、人間の身体のなかにさまざまな機構が発達してきた。その最たるものが感情であり、例えばわれわれは恐怖の感情を抱くおかげで理性的な判断を待たずとも危険を回避できる。

 

・だが、生存環境の急激な変化によって、我々の身体に組み込まれた機構が導き出す最適解の近似値と実際の最適な行動との間に、齟齬が生じるようになってきた。すると、そのようなずれをいかにして補正するかが、大きな問題となる。

 

・抜本的解決のためには、身体の内的なメカニズム自体を改変する必要があるが、それには相応の技術的困難を伴う。また、外部環境と内部機構のインターフェイスであるわれわれの五感は必ずしも性能がよいとは言えないものの、五感を経由せずに外部から情報を取り入れることも、現時点では難しい。

 

・したがって、消去法的に、現在われわれが手を加えられるのは外部環境のみである。望ましい出力を得るために、五感に対する入力を調整する技術が必要とされる。最近流行のVRの技術は、まさにわれわれの視覚を騙し外部環境を誤認させることで、望ましい結果を引き出そうというものである。

 

・感覚をハックするという迂遠な方法で認知や行動を変化させる、そのような技術が異常なまでに発達しつつある現状は、核心的技術への要請が極端に高まった緊張状態であると言える。この状態は長くは続かないだろうが、次に一つの時代に終止符を打つのがどのような技術になるのかは、まだ分からない。